株式会社sustainacraftのニュースレターです。本記事はVCM Updates(ボランタリーカーボンマーケットのアップデート)のセクションB(海外の主要規制の動向編)です。
本記事では、以下のトピックを扱います。
Verra Scope 3 Standard (S3S) Program のパブリックコンサルテーション開始
キーワード: Scope 3、インセット
はじめに
VerraがS3S(Scope 3 Standard)プログラムのパブリックコンサルテーションを開始しました。
S3Sプログラムは、詳細は以下本編に記載していますが、企業担当者からすると、かなり煩雑な手続きが必要…、という印象を持たれるのではないでしょうか。通常の炭素クレジット案件と比べて、追加性要件は大幅に緩和され、定量化についても企業のGHG排出報告タイミングと合わせ、あまり負荷なく年次で実施できるようなやり方が設計されているものの、除去活動については40年間の反転のモニタリングも求められます。これまで炭素クレジット案件の開発には関与してこなかった企業からすると、S3Sプログラムの活用は、少なくとも現段階ではハードルが高い、と感じられる方が多いと想定されます。
飲料食品や、FLAGセクターの方、Scope 3の排出においてAFOLU関連が関与するような企業で、S3Sプログラムの活用を検討されている方がいらっしゃいましたら、こちらよりお問い合わせいただけますと幸いです。
そもそも、なぜVerraのような炭素スタンダードが、企業内部のGHGインベントリーの内数に含まれるScope 3関連のプログラムを実施するのでしょうか。Verraでは、2022年からS3Sの開発が進められてきました。
これには、(「オフセット」に対して)「インセット」におけるこれまでの批判が関連しています。具体的には、バリューチェーン内部かどうかをどのように判断するのか、バリューチェーンへの介入効果をどのように定量化するのか、といった観点が明確ではなく、場合によってはオフセットとインセットが二重計上されているケースもある、といった批判です。
「SBTi」の考え方に基づくと、バリューチェーン内部と見做されない場合には、それはBVCM(バリューチェーンを超えた緩和)として考慮されるべき、ということになります。また、バリューチェーン内部とみなすかどうかについては、「GHGプロトコル」に沿って判断される、というのが現時点でのグローバルスタンダードです。
土地セクターの「GHGプロトコル」は、現時点では2025年のQ4に発表ということで、詳細はここまで待つ必要がありますが、これまで出されている資料を見る限りは、かなり高いレベルでトレーサビリティを担保していくことが求められそうです。ここでのトレーサビリティ要件は、SBTiにおいて、どのような環境属性証書(エネルギー証書やコモディティ証書)が認められるのか、にも影響を与えます。
上記の話は、以前のこちらのセミナーである程度解説していますので、ご参照ください。また、SBTiから出された新たな企業ネットゼロ基準Version 2については、以下の通り、4/22に解説ウェビナーを実施いたしますので、ぜひご登録ください。
お知らせ: SBTi CNZS Version 2 解説ウェビナーのお知らせ
SBTi(Science-Based Target initiative)から、企業ネットゼロ基準Version 2.0のドラフトが発表されました。初めてのメジャーアップデートであり、Scope 3の計画策定、カーボンクレジットを含む環境属性証書の利用、除去に関する中間目標の策定、BVCM(バリューチェーンを超えた緩和)の促進に向けた施策など、様々な観点での改訂が検討されています。
こちらより詳細のご確認・申込みをお願いいたします。
Verra Scope 3 Standard Program (S3S) のパブリックコンサルテーション開始
(source)
Scope 3/インセットに関しての振り返り
Scope 3の削減が進んでいないことは、多くの産業で指摘されています。Scope 3の削減は、企業のGHGインベントリーの内数に含まれるものであり、Scope 3を削減するようにバリューチェーン内で(排出を減らす方向で)介入をしていくことは「インセット」と呼ばれています。
インセットは、「オフセット」に対して作られた言葉ですが、明確に定義がないことが問題視されています。
例えば、以下のような指摘です。
New Climate Institute & Carbon Market Watch: Corporate Climate Responsibility Monitor(2023) (link) より:
「インセット」を装ったオフセットは、支持と正当性を獲得しつつあるが、この慣行は、オフセットの主張と排出削減の二重計上という低い信頼性につながる。...(中略)...「インセット」は、ビジネス主導の概念であり、普遍的に受け入れられている定義はない。いくつかの企業は、オフセットに代わるものとして「インセッティング」を提唱しているが、私たちが確認したインセッティングは、事実上、規制のない排出量のオフセットに相当する。
Mongabay: “Companies eye ‘carbon insetting’ as winning climate solution, but critics are wary” (link) より
ネスレやペプシコなど、現在インセットを利用している企業は、このアプローチによってGHG排出を削減するためのより良いコントロールが可能になり、より責任と説明責任を果たし、カーボンフットプリントを削減できると述べている。 独立した研究者たちは、カーボン・オフセットをめぐる問題と同様に、このプロセスには独立した監督、統一された高い基準、科学的厳密さが欠けているのではないかという疑問を呈している。 中には、インセットは従来のオフセットよりも弱くなる可能性さえあると言う人もいる。
オフセットとインセットの両方が、誤った会計方法を利用し、結果として蓄積された炭素を二重にカウントしてしまうリスクがある。
このような課題意識のもとで、VerraやGold Standardのような炭素クレジットのスタンダードが、バリューチェーン内(スコープ3)の削減目的で、より十全性を高めるために炭素クレジットを利用することを想定したプログラムを開発してきました。
Verraにおいてはそれが今回紹介する、S3S(Scope 3 Standard)Programです。S3Sにはかなりの工数がかけられており、まだプログラム開始には時間がかかる見込みです。
暫定的な措置: 償却理由として“corporate emissions inventory accounting”の導入
S3Sプログラムが運用されるまでの暫定的な処置として、2023年10月から、償却理由(Retirement Reason)として、“corporate emissions inventory accounting”のオプションが導入されました(link)。
これは、S3S開始までの暫定的な措置であり、企業はこの理由を選択することで、償却されたVCUによって表される排出削減量または除去量を、企業の排出インベントリ会計に使用することを示すことができる。これによって二重計上(同じVCUがオフセットとして使用され、企業の排出インベントリに計上されること)のリスクを減らすことを意図している、としています。
ただし、「排出削減または除去が特定の企業の排出インベントリバウンダリ内で発生したこと、あるいは排出削減または除去が企業の排出インベントリ内で適切に会計処理されたことを検証するものではない。 独立した基準設定者として、Verraは、償却または取消されたVCUの使用に関するいかなる主張の保証または検証も提供しない。」というディスクレーマーも付与されており、これはあくまでも暫定的な措置です。
この償却理由は、これまで見る限りあまり積極的には使われておらず、以下の通り年間で20-25k tCO2程度の償却にとどまっています。さらに、このうちの大半は、償却企業のインベントリの境界内で発生したとは考えにくいものとなっています。
想定された通りの使われ方の例として、かねてよりインセットに取り組んでいるネスレ社が挙げられます。案件情報を見る限りは、ネスレ社のバリューチェーン内における工程において、家畜由来のメタン排出を削減をする案件から創出された炭素クレジットを償却しているように見受けられます。このように、企業にとっては、バリューチェーン内での介入から得られる温室効果ガスの排出削減効果を、炭素スタンダードの方法論に沿った形で、第三者認証も得て処理されているということを示すことが可能となります(*)。
(*) ただし、それが炭素会計において正しく処理されているかについては、上述の通り、この償却理由が保証するものではありません。
S3Sプログラムについて