耐久性に関する様々な議論(2/n)
sustainacraft Newsletter: Realizing the social value of impermanent carbon credits
株式会社sustainacraftのNewsletter(個別編)です。今回は、炭素貯留の耐久性に関わる議論の続編です。
先日(2/27)、経産省が主管するGXリーグにおけるイベントのGX Studioで登壇させていただきました。ここでは「ルール形成」がトピックになっていましたが、「GXにおけるルール形成」は、どのような排出削減・除去に対してどのようなインセンティブを設けるかという話であり、常に産業間などでの対立が生まれます。
そのようなテーマにおいて、気候変動対策としてそれぞれのソリューションの貢献を学術的な観点から理解をしておくことは必要であり、そこで「耐久性」というのが重要な論点となります。
また、以下で紹介するEUのCRCFの議論などを追うことで、例えば政策レベルでどのように意思決定されるべきなのか、そこでのプロセスの設計によってはどのような議論が起こりうるのか、といったことを考えるきっかけになればと思います。
さて、前回から間が空いてしまいましたが、以下の記事にて耐久性に関する幾つかの議論を紹介しました。
一時的な炭素貯留の価値つけに関して、GWP(Global Warming Potential: 地球温暖化係数)、物理的等価性・経済的等価性、Tonne-year Accounting、アルベドの影響などの話を扱いました。
上記を前提知識として、今回はNature Climate Changeに掲載された、ケンブリッジ大学の研究者による論文を紹介したいと思います。ここで答えるべきものは、異なるプロジェクトによる温室効果ガスの削減・吸収効果とそれに対するコストをどのように正当化するかという話です。
また、その前に関係する話題として、それぞれ2024年2月に発表された以下についても簡単に触れたいと思います。
(1) EUのCRCF(Carbon Removal Certification Framework)
(2) Oxford Offsetting Principles(改訂版)
炭素除去のカテゴリーに関しての最近の話題
(1) EUのCRCF(Carbon Removal Certification Framework)
(link)
2022年11月に、欧州委員会は、炭素除去認証枠組(CRCF)に関する規制案を提出しました。ここで寄せられた様々なフィードバックをもとに、改訂されたCRCFについて、2024年2月20日に合意されたという発表がなされています。
2022年に出されたものからの一番重要であり大きな変更点は、永続的な除去(数百年レベル)、炭素製品(木質建材など。最低35年以上)、炭素農業(Carbon Farming; 森林再生や湿地管理など)、から発生する単位を明確に区別したことです。具体的には、以下3(+1)のカテゴリーに炭素除去が分かれています。
permanent carbon removal (storing atmospheric or biogenic carbon for several centuries)
temporary carbon storage in long-lasting products (such as wood-based construction products) of a duration of at least 35 years and that can be monitored on-site during the entire monitoring period
temporary carbon storage from carbon farming (e.g. restoring forests and soil, wetland management, seagrass meadows)
soil emission reduction (from carbon farming) which includes carbon and nitrous oxide reductions from soil management, and activities that must overall reduce the carbon emissions of soils or increase carbon removals from biological matter(examples of activities are wetland management, no tilling and cover crop practices, reduced use of fertilizer combined with soil management practices, etc.)
上記の変更の観点ではポジティブな意見が多く見られますが、一方で上記の最後の(+1)の部分について懸念の声が上がっています。
例えば、こちらの記事では、(+1)に関して、欧州における強力な農業ロビーの結果(EU予算の38%は農業に使われている)、土壌炭素の排出削減が入ってしまったが、この枠組みには入れられるべきではないと指摘しています。
さらに、Carbon Market Watchは、「CRCF: The EU’s carbon removal certification failure」という記事を出し、かなり強いトーンにて上記排出削減以外の点についても問題点を指摘しています。
とはいえ、2022年の時点でもパブコメは見やすい形で完全に開示されており、賛成意見・反対意見、どのような意見がどのような組織から出たのかわかるようになっているだけでも、例えば、GX/ETS適格クレジットの要件議論の進め方などにおいて、良い示唆になるのではないでしょうか。
さて、このCRCFはどのような影響を与えるのでしょうか。まだ用途に関しては明確になっていないようですが、世界最大の排出量取引制度であるEU-ETSにCDRが組み込まれることが期待されていたり、ボランタリークレジット市場においても、買い手がCRCFを意識した調達をするといったことが想定されています。
(2) Oxford Offsetting Principles
(link)
オックスフォード原則は、政府や都市、企業による厳格な自主的ネットゼロコミットメントを設計し、実施するために作成された原則です。
2020年に初めに出されたものについては、技術開発にまだまだ時間のかかる永続性の高い炭素除去を偏重し過ぎているという声も上がっていましたが、今回の改訂では、やや直近でできることの価値を認めるような方向に修正が加えられているように見えます。
前回からの改訂として始めに以下6つの観点が強調されています。
Reinforcing the urgency of reducing emissions
Re-emphasising the need to close the carbon removal gap
Highlighting further recent evidence showing that nature-based solutions are critical for addressing the drivers and impacts of climate change
Clarifying the durability risks and co-benefits of different types of removal and storage
Defining terms to reflect new international guidance on net zero and nature commitments and claims
Recognising the value of mitigation efforts outside of organisational net zero targets.
それでは、具体的にどのような改訂が加わっているのでしょうか。キーとなる図について、2020年版と2024年版を上下に並べて比較してみていきます。
まずは分類自体の考え方に変更が入っています。2020年版では、short-lived/long-livedという表現だった部分が、higher/lower risk of reversalという表現に変わっている点、およびco-benefitに関して明確に記載が加わったことが挙げられます。これらはどちらも上記の4点目に相当しています。
次に、「Percentage breakdown of offsetting portfolio」についてです。これは正確に読まれることを想定したものではない、とは書かれていますが、曲線の形として、いくつか違いがあります。
まずはⅰとⅱに相当するカテゴリーについて、前回からは形がだいぶ異なっており、2035年程度までは現在とあまり変わらない水準を保つような形に変更されています。
また、ⅲ(CCS)の割合が小さくなり、一方でⅳ(主に自然由来の除去のカテゴリ)の割合が増えているように見えます。これらは、上記のco-benefitと明確に書かれたということに加え、上記のポイント3(Highlighting further recent evidence showing that nature-based solutions are critical for addressing the drivers and impacts of climate change)に相当するものと考えられます。
また、100%を超えた斜線の部分に、BVCM(Beyond Value Chain Mitigation)に相当すると考えられるOther Investmentsも加えられています。
Realizing the social value of impermanent carbon credits
(link)
ここからは本題である一時的な炭素貯留の価値を評価するフレームワークを提唱している論文を紹介します。前回の記事では、「ピーク温暖化への貢献」という観点では、ピークタイミングよりも前に再放出されてしまう一時的な炭素除去には何の価値もないという話(考え方)を紹介しました。
以下で紹介するフレームワークでは、温暖化ピークより前に再放出されるような一時的な炭素貯留であっても、そこには社会的な便益はあるはずだという立場をとっています。
概要
この論文では、一時的な炭素貯留の価値を評価するPACT(Permanent Additional Carbon Tonne)Framworkという枠組みを提案して、幾つかの仮想的なプロジェクトシナリオでの評価結果も提示しています。
結果
まず、枠組みの内容に入る前にどのような評価が出てくるのかから説明します。下図はPACT Frameworkで評価した結果で、3つの仮想的なシナリオが想定されています。
REDD(森林減少・劣化の抑制)やARR(植林・再植林)など自然由来のプロジェクトは、しばしば永続性の観点で批判されています。例えば、REDDであればプロジェクト期間後に森林減少が進んでしまうケース、ARRであればプロジェクト期間後に伐採されてしまう、もしくは森林火災で損害を受けるようなケースが指摘されています。それらに対応したシナリオがここで評価されている以下3つのシナリオです。それぞれプロジェクト期間は40年間が想定されています。
a: Temporality reduced deforestation: 森林減少がプロジェクト期間はうまく抑制できていたが、期間終了後に進んでしまうケース
b: Restoration to timber plantation harvested after 40 years: プロジェクト期間後に伐採されてしまうケース
c: Restoration to fire-prone woodland: プロジェクト期間終了後に森林火災で損害を負うケース
下図において、横軸は時間、縦軸は事後的に観測されたカーボンストックを表します。太線はプロジェクトサイトの数値で、細線は反実仮想サイトの数値を示します(反実仮想サイトがどのように設定されているかは後述します)。
ここで下段に記載されている3つの数値に注目して下さい。EP(equivalent permanence)はPACT Frameworkを構成する重要要素であり、内容は後述しますが、EPの逆数(つまり1/EP)が、非永続的なクレジットを現在いくつ購入すると耐久性のある貯留と社会的便益の観点で同等かということを表します。
PACT Frameworkとは何か
PACTフレームワークは、以下の部分でサマリとして表現されています。ここからは、PACTフレームワークを構成する要素を一つずつ見ていきます。
Here we attempt to address these substantial limitations by presenting a new dynamic accounting method for quantifying the long-run social benefits of impermanent NBS-derived carbon credits. Our Permanent Additional Carbon Tonne (PACT) framework allows credits to be issued and sold at the end of each time period, based on ex post determination of additionality and ex ante forecasting of reversals, and comprises three interlinked advances:
(1) Understanding the permanence of a project’s impacts as its additionality—relative to a statistically derived counterfactual— through time.
(2) Risk-averse forecasting of the expected social cost of the impermanence of carbon gains, so that purchasers can make like-for-like comparisons across diverse offset products while having confidence that NBS credits have been fully adjusted for impermanence.
(3) Using long-term monitoring for the ongoing correction of errors in deliberately pessimistic forecasts of post-credit releases, so that project providers can be compensated if forecasts are overly conservative.
(1) Permanence as additionality through time
まずは考え方の基礎の導入です。「時間的追加性としての永続性」と表現したら良いでしょうか。カーボンクレジットの一般論と同様に、ここではある単位期間において、プロジェクトシナリオと反実仮想シナリオを比較し、その差分がそのプロジェクトによる貢献であるという考え方をしています。
下図ではREDDの案件が想定されており、t=1までは森林減少ゼロが達成できているが、t=2では半分失われ、t=3では完全に失われるというシナリオが想定されています。反実仮想シナリオとの差分が各期で計算することで、ある期間における追加性を計算しています。
(2) Social value and equivalent permanence
(1)で紹介した考え方をもとに、炭素の短期貯留の便益を定量化しているのがこのセクションです。このシリーズの第一回目では、以下の通り、温暖化ピーク前に再放出される「温暖化ピーク」の観点では貢献しないという考え方を説明しました。
「気温上昇が累積CO2排出量に依存する」という中で、温暖化ピークより前に再放出される一時的な炭素貯留は、「温暖化ピーク」という観点では何の貢献もしません。
一方でPACTフレームワークでは、上記の考え方は認めつつも、温暖化ピークより前に再放出されるような一時的な炭素貯留であっても、そこには社会的な便益はあるはずだという立場をとっており、例として、以下のような説明をしています。
2050年以降に生まれた人々の平均寿命を100歳に延ばすという具体的な目標を掲げた健康政策を想像してみよう。今生きている人々の寿命を延ばすような介入は、目標達成に直接は役立たない。しかし、今生きている私たちのほとんどは、1年でも寿命が延びれば恩恵を受けるので、そのような介入には社会的価値がある。
(DeepLによる翻訳)
ここで社会的な価値の定量化として用いられているのがSCC(Social Cost of Carbon: 炭素の社会的費用)です。SCCとは1トンの二酸化炭素(相当)の排出によって引き起こされる経済的コスト(長期的な累積コストを現在価値に割り引いたもの)を表しています。この論文では、SCCの推定アプローチとして、Nordhaus教授(「気候変動の経済学」において2018年にノーベル経済学賞を受賞)によるDICE(Dynamic Integrated Climate-Economy)モデルを参照しています。
ここでは1トンCO2(e)の恒久的な炭素除去によるオフセットは、その時点でのSCCと(符号が逆向きの)等しい価値を持つことになり、これをV_permと下図では表されています。一方で、非恒久的なオフセットの場合、恒久的なSCCから、その後の炭素放出によって引き起こされる損害の現在のコストを差し引いたものであり、放出時のSCCから推定され、V_impと表記されています。前述のEP(equivalent permanence)は、このV_permとV_impの比率として定義されています。
これを図示したのが下図です。ここでは、森林減少を止める活動をした仮想的なケースが想定されており、t=3で完全な反転が起きている状況が想定されています。
この考え方を、もう少し現実的な設定を想定して説明したものが下図です。ここでは、仮想的なREDDの案件が想定されています。プロジェクト開始10年後、プロジェクトと統計的に導出された反実仮想サイトの炭素蓄積量のトレンドを事後的に比較することで、プロジェ クトが付加価値a_1 を生み出したことが確認されます(下図a)。ここで、その先の予測(下図b)に基づいてEP_1が計算されます。このEP_1の計算においては悲観的なシナリオ(ここでは、実現されたa_1がその先20年で完全に反転されるという悲観的なシナリオが想定されています)で計算されることがPACTフレームワークの運用において重要なポイントであるとしています(下図c以降は次の段落で説明します)。
(3) Correction for forecasting errors
3つ目の要素は、実績に従い事後的に(ex-post)、事前に(ex-ante)保守的に設定されたEPを補正する部分です。
上図cでは、プロジェクト開始から20年後でも実績としては森林減少はゼロに抑えられていたというシナリオが描かれています。上図bではかなり悲観的なシナリオでEP_1が計算されていました。これを事後的に補正するために、c_2としてはa_2に\hat{r_1,2}が足される形で計算されています。ここで、\hat{r_i,j}
について、rはreversal(もしくはrelease of additionality)を表しており、時点iにて時点jでのrを予測したもの(予測は通常”^”という記号を使います)を意味しています。つまりここでの足し算は、事前に想定した反転が起きなかった場合に、それを事後的に足しているという処理です。
また、ここまでの経緯でその先のEP(EP_2)を計算する上での反転スケジュールは前回よりもやや楽観的なものに更新したものをベースに計算されている、というのが上図dで描かれています。その先のe,fの説明は割愛しますが、これまで述べたとおり、悲観的な予測に基づいてEPを計算し、それを実績に応じて計算していくというのがPACTで提案されているアプローチです。
まとめ
ここで、再度初めに紹介した計算結果に戻ります。PACT costというのは、トンあたりのヘッドライン価格に対してEPの逆数を乗じたものになります。これが意味することは、耐久的な炭素除去とSCCの意味で同一の価値を持つようなオフセットをする場合に、直近のコストを前提にするとどの程度のコストで正当化されるのかという値を示します。下図を見ると、REDDでは80USD、40年後に伐採する植林案件の場合は100USD、火災による反転リスクのある森林再生案件では154USDとなっています。
これらは、当然直近での取引価格と比べるとかなり高くなっていますが、一方でPuro Earthなどで恒久的な炭素クレジットとして流通し出しているものと比べるとかなり安価であるということが言えるかと思います。
炭素除去・排出削減のソリューションによって、耐久性が異なるため、冒頭で申し上げたようなCRCFのようにカテゴリを明確に分けるというアプローチや、オックスフォード原則のように、想定される技術開発速度も想定した上で、時間軸でのポートフォリオについてのある種の指針を出されていますが、PACTについては、SCCという観点で等価性を担保した一つの指標を提案しようとしているというアプローチと考えられます。
SCCの推定に用いられているDICE自体にも様々な制約が指摘されていますので、こういった画一的なアプローチのみで運用していくことは現実的ではないかもしれませんが、企業におけるポートフォリオ策定や脱炭素化に向けた戦略を考える上で、EP(equivalent permanence)というわかりやすい指標によって異なる耐久性を比較可能にする考え方は参考になるのではないでしょうか。
耐久性に関する議論の2回目でした。耐久性の議論はかなり難解なのですが、冒頭でも申し上げたとおり、企業が脱炭素を考える上で、もしくは外部で出てくる様々なガイドラインを解釈する上で欠かせないトピックと考えています。
以上、sustainacraftのNewsletter (個別編)でした。
当社の会社概要資料はこちらで公開しておりますので、ご参照ください。
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