株式会社sustainacraftのニュースレターです。
Methodology Updatesは、炭素・生物多様性クレジットの方法論を扱うシリーズです。本記事では、本ニュースレター記事では、最近公開された「世界湿地概況2025 (Global Wetland Outlook 2025)」報告書[1]の調査結果と評価を紹介し、湿地保全の現状と、それがNature-based solutions (NbS)に関わるステークホルダーにとって何を意味するのかを解説します。
*本記事は、Nick Lauが執筆しました。NickはApplied Scientistとして、様々なNbSプロジェクト分析のための衛星データ分析やモデル開発に従事しています。
1. はじめに
世界湿地概況2025(Global Wetland Outlook 2025)(以下、本記事では「GWO2025」)は、湿地の保全と持続可能な利用に関する法的拘束力のある条約機関である湿地条約(Convention on Wetlands)(通称ラムサール条約(Ramsar Convention)、172カ国が批准)の科学技術検討委員会が発行する、世界的な評価報告書であり、様々な議論の基礎となるものです。近年の科学研究と経済的評価を統合することで、本報告書は世界の湿地に対する厳しい評価を示しています。湿地の劣化が加速していることは、環境問題であるだけでなく、経済的・社会的に重大な負債でもあります。
GWO2025は、生態系の衰退を記録するだけでなく、湿地を世界の経済、気候変動の緩和、水の安全保障に測定可能な貢献をする価値の高い自然資本として提示しています。また、対策を講じなかった場合のコストを定量化し、世界の生物多様性目標に関連する資金調達のギャップを明らかにし、湿地の評価と資金調達の方法を変革する道筋を提案しています。これらの調査結果は、生態科学を金融や政策の枠組みに直接結びつけるものであるため、NbSのステークホルダーにとって重要です。
このニュースレターでは、まずセクション2でGWO2025の科学的知見と経済的洞察を解説します。次にセクション3では、現在の市場情報に基づき、国内基準、自主的炭素市場(VCM)、そしてコンプライアンスの枠組みが、官民連携の投資を求めるGWO2025の提言をどのように実現し始めているかを紹介します。最後にセクション4では、これを踏まえ、プロジェクトの種類ごとに実施コストと排出削減ポテンシャルを比較し、湿地プロジェクトがいかにしてトン当たりの費用対効果に優れたリターンをもたらしうるかを明らかにします。成熟しつつある枠組み、実証例として存在する自主的炭素市場のプロジェクト、そして湿地の経済的価値に対する認識の高まりは、湿地が生態系としてのレジリエンスと持続的な経済的リターンの両方を実現可能な機会へと進化しつつあることを示しています。
2. 湿地の現状 – GWO2025の調査結果
以下の湿地に関する評価は、GWO2025から直接引用したものです。この章では、生態系の変化、経済的評価、資金調達の必要性に関する報告書の中心的な調査結果を要約しており、これが後の議論の基礎となります。
2.1 科学的評価
GWO2025は、最新の科学論文と世界的なデータベースを統合し、湿地の範囲と状態に関する包括的な評価を提供しています。報告書によると、世界の自然湿地は11の主要な環境にわたって約14億2500万ヘクタールに及んでおり、内陸の沼沢地、湖沼、泥炭地が最も広範囲を占めています。GWO2025は、湿地面積動向指数(Wetland Extent Trends Index)などの信頼性の高いデータソースを用いて過去の湿地面積を逆算し、長期的な環境変化を理解するためのベースラインを提供しています。その結果、1970年代以降、すべての自然湿地タイプにおいて、湿地は年平均-0.52%の割合で失われていることが示されました。過去50年間で合計4億1100万ヘクタール以上の湿地が破壊または転換され、湖沼と内陸の沼地が最も高い割合の損失を占めています。
GWO2025はまた、国内報告書、学術研究、市民科学調査のデータを用いて生態学的特徴の動向を追跡し、残存する湿地の広範な劣化を記録しています。分析によると、改善している湿地よりも劣化している湿地の割合の方が高く、この傾向は2011年から2021年まで続いています。さらに、国の経済状況とその湿地の状態との間には直接的な相関関係が見られ、後発開発途上国では湿地の現状が最も悪い状態にあります(図1)。この調査結果は、湿地喪失の現在の主な要因が地域特有のものであることを示唆しており、先進国は歴史的にすでに湿地の大部分を失っている一方、開発途上国は現在進行中の経済発展により急速な劣化を経験しています。
この減少の主な要因は、農業や都市化による土地利用の変化、そして産業汚染であると特定されています。産業活動や農業活動からの取水は、世界の取水量の90%近くを占めており、湿地の喪失と劣化に直接的に寄与しています。干ばつや洪水を悪化させる気候変動の複合的な影響は、湿地の状態に対するこれらの負の影響をさらに加速させています。

2.2 経済的評価
GWO2025は、湿地を価値ある自然資本として再定義することで、湿地保全の説得力のある経済的根拠を示しています。生態系サービス評価データベース(Ecosystem Services Valuation Database)から1500以上の経済価値推定値を統合し、湿地が提供する莫大な便益を定量化しています。