REDDプロジェクトの考え方
自然由来カーボンクレジットの基礎知識
森林伐採が気候変動に与えるインパクト
森林はその成長の過程で大気から二酸化炭素を吸収し幹・根・葉の中に貯留します。このようにして大気から二酸化炭素を取り除き気候変動対策に貢献します。一方で、森林は伐採されると、燃料や木製品として利用され、最終的に二酸化炭素となり大気に放出されます。植林等の取り組みは大気から二酸化炭素を吸収する取り組みとなりますが、森林伐採の防止(REDD)も大気への二酸化炭素放出を防ぐ取り組みとなり、植林と同様に気候変動対策に貢献する取り組みとなります。
(出所:Leonel J.R. Nunes et al. Climate 2020, 8(2))
※伐採された木材は、燃料として利用されるもの、森林の地表に蓄積され有機堆積物となるものや、木製品となるものがあります。いずれも一定期間後は分解または焼却され二酸化炭素となります。この有機堆積物や木製品のように「伐採後も一定期間貯留する」ケースをどのようにカウントするかはまた別の機会で説明します。ここではいったん「森林伐採すると、森林に貯留されていた二酸化炭素は大気に放出される」として議論を進めさせてください。
IPCCの統合報告書によると、森林伐採によるGHG排出量はトータルで約4 GtonCO2-eとなります。森林伐採の防止は、実施コストが他手段と比較して安価ということもあり、気候変動対策に対する有望な手段として注目されています。下記図のバーの色はその対策を実施する際のコストを意味しています。REDDは20USD以下のコストで2GtCO2-eの削減余地がある手段となります。大規模・安価な排出量削減が可能な手段として、太陽光発電、風力発電に次いで有望な手段となります。
(出所:AR Synthesis Report)
森林伐採抑制手段
森林伐採発は様々な理由で発生します。農地への転換や、木材の利用、火事等理由は様々です。
(出所:World Economic Forum)
多くのREDDプロジェクトでは、対象となる森林の付近に住む住民と協力して森林伐採を防止する取り組みを行っています。例えば、地域住民によるパトロール隊を組織し、地域での違法伐採の取り締まり、火事の早期発見などに取り組んでいます。このような取り組みによって森林伐採量を削減し、大気に放出される二酸化炭素量を削減することができるようになります。
他の方法論と同様にREDDプロジェクトにおいてもResult based payment方式が適用されており、「排出量を実際に削減した対価」としてカーボンクレジットの発行が許されます。この仕組みはプロジェクト推進者が継続してプロジェクトを良好に運用するための動機付けとなっています。
REDDによるカーボンクレジットの生成・グリーンウォッシュのリスク
Verraが発行する森林クレジットの90%以上は価値がないとする先日のGuardianの記事にあるようにREDDプロジェクトの生み出すカーボンクレジットは過大評価されているのではないか、という疑いの目が向けられています。
Guardianの記事の考察については先日の記事をご覧ください。ここでは、REDDプロジェクトでどのようにして「過大評価」が起るのか説明していきたいと思います。
REDDプロジェクトは森林伐採の脅威が迫っている地域において実施されます。REDDプロジェクトは、プロジェクトを実施されなかったら生じていた森林伐採、およびそれに伴う温室効果ガス排出を食い止めることで温暖化対策に貢献します。
このプロジェクトの貢献、すなわち排出削減量(≒カーボンクレジット)は、ベースラインシナリオでの排出量(下記赤点線)と実測値(下記緑線)の差分(オレンジ両矢印)によってあらわされます。
この排出削減量について、少し分解をしてみます(説明を簡便にするために木製品の影響等を考慮せず単純化しています)。温室効果ガス排出量は、その年に発生した森林伐採面積に、当該面積に存在していた森林の炭素蓄積量を乗じることで算出します。
ベースラインシナリオと実際の森林伐採面積の差が大きいほど、単位面積当たりの炭素蓄積量が大きいほど、排出削減量の大きなプロジェクトということができます。
それでは、どのような状況下において排出削減量の「過大評価」が生じうるでしょうか。以下にドライバーとなりうる事象を三つ挙げます。
※実際には排出削減量の一部をバッファープールに移す必要があるため排出削減量の全てをカーボンクレジットとして発行することはできませんが、ここでは簡単のため「排出削減量≒カーボンクレジット」としています。
1)ベースラインシナリオでの森林伐採面積の「過大評価」
ベースラインシナリオの森林伐採面積は、プロジェクトを実施するエリアと近い性質を持つ森林地域(参照地域)の過去の森林伐採率をベースに設定されます。参照地域の選択方法や、過去の森林伐採率の推計方法によってはベースラインシナリオでの森林伐採率の「過大評価」につながるリスクが指摘されています。このベースラインシナリオの森林伐採面積の推定において、因果推論を用いた手法を以前のNewsletterで紹介しています。
実際のREDDプロジェクトにおいても、プロジェクトの事前に設定されたベースラインと、前述の因果推論手法などを比較することで、「過大評価」の可能性の有無、あったとしたときのその大きさを評価することができます。
下記はREDDプロジェクトの実際の分析事例となります。灰点線(横軸)がプロジェクト前に設定されたベースラインシナリオの森林伐採率です。これに対して、薄緑が因果推論手法で設定した森林伐採率を示しています。一部因果推論手法で設定した数値がベースラインシナリオを下回っている部分もありますが概ね両者の水準は一致しており、このプロジェクトにおいてはベースラインの「過大評価」リスクはそこまで大きくないと考えることができます。
(出所:当社Dashboard)
一方で次のプロジェクトでは、ベースラインの森林伐採率と因果推論手法での森林伐採率に大きな乖離がみられます。この情報のみで断定は難しいですが「過大評価」リスクが大きなプロジェクトであると考えられます。
(出所:当社Dashboard)
※上記について強調しておきたいのは、プロジェクトデベロッパーが意図的・作為的に「過大評価」を行っているわけではないということです。現在認められているREDDの方法論にのっとってプロジェクトを設計・開発したとしても、ベースラインが結果的に「過大評価」となってしまうケースも十分にありえます。上記のような分析に基づいてプロジェクトデベロッパーと対話を行い、より深くプロジェクトを理解してく必要があります。
2)実際の森林伐採面積の「過小評価」
森林伐採の実測値は各プロジェクトデベロッパーによって報告されています。多くの場合は、衛星画像を利用して当該年度の森林伐採面積の推計を行っています。
衛星画像を用いて森林伐採面積を推計するためにはいくつかのアルゴリズムが存在します。このアルゴリズムによっては、実際の森林伐採面積量を過小に評価してしまうことがあります。このため、プロジェクトデベロッパーの報告した森林伐採面積を、他のいろいろなアルゴリズムでの推計値と比較することで、上記の「過小評価」のリスクを確認することができます。
下記一例を示します。濃紺バーがプロジェクトデベロッパーによって報告された森林伐採面積となります。これに対して折れ線グラフは複数のアルゴリズムに基づく同一プロジェクトエリアに対する森林伐採面積の推計値となります。
下記のREDDプロジェクトはプロジェクトデベロッパーの報告値と、そのほかのアルゴリズムでの測定値が概ね一致しています。よって実際の森林伐採面積についての「過小評価」のリスクは低いと考えることができます。
(出所:当社Dashboard)
一方で下記のREDDプロジェクトについては、プロジェクトから報告されている森林伐採面積の絶対値・トレンドは、その他のアルゴリズムによって特定された森林伐採率と比較して明らかにことなる挙動を示しています。このようなプロジェクトは「過小評価」リスクが高く、より深い分析が必要になると考えます。
3)炭素蓄積量の「過大評価」
各プロジェクトデベロッパーは現場でバイオマス量をサンプリングで実測することで、各地域の炭素蓄積量を計測し、そのパラメータを用いて排出削減量を推計します。つまり、各プロジェクトデベロッパーが正確に計測を行っている限り、大きな「過大評価」リスクは存在しにくいと考えられます。
一方で、この炭素蓄積量は、最終的な排出削減量を決める重要なドライバーになるため、そのパラメータの他プロジェクトと比較したときの大小について気になる方もいらっしゃるかと思います。
一部抜粋データになりますが、REDDプロジェクトで用いられる炭素蓄積量(地上・地下等すべてを含んだ数値)の比較表を示します。下記の複数のバーは、それぞれ異なるプロジェクト、異なるエリアの炭素蓄積量です。小さいものは200ton CO2-e/ha程度、大きいものは1500ton CO2-e/ha超の炭素蓄積量と推定しています。
(出所:当社Dashboard)
REDDプロジェクトでは様々な気候帯・地域の森林を対象にしているため、上記の比較において、他プロジェクトよりも高いパラメータを用いていることが、即座に「過大評価」につながるわけではありません。より正確に理解されたい場合は、類似の気候帯・地域に絞った上での比較等を行う等、より深い分析をなされることをお勧めします。
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