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株式会社sustainacraftの第5回Newsletterです。今回は、土壌有機物カーボンクレジットに関する話題をお届けします。
産業化以降、GHGの排出量は増加の一途を辿っています。このGHG排出量の増加分は、地球表面の大気・海・森・土に吸収されています。この吸収量は、排出量に伴って増大してきました(Global Carbon Budget 2021)。
森と土壌のどちらがより多くの炭素を負担しているのでしょうか。Visualizing Carbon Storage in Earth’s Ecosystemsによるとほとんどのケース(熱帯雨林以外全て)において、土壌の方が森・植生より多くの炭素を貯蔵しているとのことです。
これまでのNewsletterでは、地上の森林に関連する技術・文献を中心にご紹介してきましたが、今回は巨大な炭素を貯留する土壌について、カーボンクレジット創成に向けた取り組み、及びモニタリング技術の課題について紹介していきたいと思います。
土壌での炭素貯留(Soil Organic Carbon)を活用したカーボンクレジット創出の方法論
土壌への炭素貯留は、地表に存在する動植物の死骸・排泄物が地中で土壌有機物(Soil Organic Carbon:SOC)を形成し、長期にわたって炭素を地中に閉じ込めることによって実現されます。このSOCは、1)団粒を形成し保水性を向上させる、また2)陽イオン交換容量が増加することで養分保持能力を高める、ことを通じて農業の収量改善に用いられてきました。
SOCは収量の向上という観点では古くから研究が行われていましたが、気候変動対策・カーボンクレジットという観点ではあまり活用されていません。SOCによる炭素貯留が大規模に展開されない理由はいくつか考えられますが、そのうちの一つがモニタリングの難しさにあります。
森林の植生による炭素貯留は、樹種・木材密度と外観(胸高直径・樹高)に基づいて測定することができます(それはそれで難しいことであり、当社で注力している開発テーマですが)。植生による炭素貯留は地上部バイオマス(幹等)と地下部バイオマス(根)によって行われます。地下部バイオマスは外観から評価することは難しいですが、実運用では地上部バイオマスに比例するものとして、地上部バイオマスに係数を乗じることで推計されています。
これに対して、土中の炭素量は、一定の深さまで土壌を採取し、それらの土壌を燃焼試験・可視光・近赤外などを用いて分析・定量化する必要があります。この測定を、プロジェクト期間中は定期的に複数個所で実施する必要があり、プロジェクト実施者の大きな負担となります。これが、大規模な土壌炭素貯留プロジェクト推進のボトルネックとなっていると、国際農業研究協議グループ(CGIAR)は指摘しています。
Farmer incentives, consumer education for informed choices, and transparent, accurate, consistent, and comparable methods for measurement, reporting, and verification (MRV) of changes in SOC stocks are lagging behind and preventing large-scale SOC protection and sequestration from fully taking off. Improvements in SOC MRV could be achieved notably through deploying new technologies and enabling standardized protocols at low transaction costs.
SOC測定の負担を軽減するためにこれまでも様々な工夫が検討されてきました。そのうちの一つがModeled Approachです。農法・環境(気温、降雨量他)情報・地中で生じる化学反応を表す数式を使ってSOC増分をモデルにより評価するアプローチです。この方法を用いれば、測定精度を犠牲にすることなくSOC実測の回数を減らし、プロジェクト実施者の負担を軽減することができます。
Verra、Gold Standard、ACRなどでこのModeled Approachによるカーボンクレジット試算のためのメソドロジーが認められています。一つの例として、VerraのSoil Organic Carbonの評価方法であるVM0032(サバンナでの持続可能な放牧方法についてのメソドロジー)について深掘りしてみます。
Modeled Approachの課題
Modeled Approachは直接測定法と比較して低コストといわれていますが、モデルによっては土壌有機物量以外の大量の変数を入力する必要があり、時間・コストの負担は小さなものではありません。この分野でよく用いられているモデルCENTURYでは、20以上の数値を定期的に評価し、入力する必要があります。
Modeled Approachをよりコスト効率のよい形で運用するためには、1)より少ない変数で土壌有機物量を測定できるモデルを使うこと、2)適切なStratification(階層化)を行いサンプリング数を下げること、3)必要な変数測定のためにリモートセンシングなどコスト効率の高い方法を用いること、等が重要になってきます。
具体的な事例として、Kenya北部のGrasslandでのALM(Agriculture Land Management)(Project 1468)の事例を紹介します。これはケニア北部で住民が放牧を行うGrassland(サバンナ)において、新しい放牧方法(Rotational Graving)を展開することで、SOC即ち炭素貯留量を増加させようとする取り組みです。ここでは、Kenyaの隣国Tanzaniaの国立公園Serengeti National Parkで作成されたSNAPモデルを適用したModeled Approachが利用されています。
SNAPモデルでは、全体のSOC・炭素貯留量を計測するために、下記のような炭素物質の反応経路を考えています。
SOCを増加させる因子は、1)植物遺体(PDSOCt)、2)動物のふん(DDSOCt)であり、減少させる因子は3)土中微生物の呼吸(SOCの分解)であるため、下記のような数式であらわすことができます。
このうち植物遺体からの入力は、植生の地上部質量(ANPP)のうち放牧又は火災に見舞われていない部分、及び植生の地下部質量(BNPP)の和となります。また、実際にSOCに転換されるのはリグニン・セルロース部分であるため、最終的にリグニン・セルロースの比率(LIGCELL)を乗じています。
動物のフンは植物地上部のうち、放牧によって動物に食されたものの一部として算出されます。
土中微生物は土中の水分量が一定を超えたときに活性化することが知られています。このため土中微生物の呼吸(SOCの分解)はWETDAYS(年間の降雨日数)に比例するとしています。
このモデル(SNAP)を用いることで、1)放牧指数(GI:Grazing Intensity)、2)火災頻度、3)植生内のリグニン・セルロース成分量、4)土中のSAND成分の4つのパラメータで土壌有機物量を推計することができます(温度を用いる場合もありますが、今回参照した文献では温度の影響を小さいとして、モデルから除外しています)。CENTURYモデル(20以上の変数を必要とする)と比較して大幅に少ない変数でModeled Approachを実現することに成功しています。変数は少ないですが、SNAPモデルはこの北Kenyaの放牧案件において、十分な精度でSOCの変化を評価できると主張しています。
このモニタリングを行う上で、定期的に放牧指数を評価するのは相応に手間がかかります。放牧指数は放牧による植生の被害を表す指標で、対象地域の裸地である土地の比率で表されます。この北Kenyaのプロジェクトでは、NDVI(Normalized difference vegetation index)が放牧指数と相関するという特徴を活かして、解像度250m x 250mのMODIS(中分解能撮像分光放射計)によって計測しています。
以上のように、Modeled Approach・リモートセンシングを用いることでSOCの計測を効率よく実施することは可能です。但し、SNAPモデルのようなシンプルなモデルの対象範囲は限られており、今後更なる研究・開発が求められます。また、モデルで必要とされる指標を容易に取得できる手段として、リモートセンシング技術の開発も必要になります。
また、以上はリモートセンシングによった説明となりましたが、SOCの直接測定方法についてもより効率的な技術の開発が必要とされています。VM00032には下記のように適切な実験室において、燃焼試験又は赤外分光法を用いて測定することが記載されております。
Organic carbon concentrations must be measured in appropriate academic or industrial laboratories that use either chemical combustion or appropriately calibrated spectral analysis methods. IR methods must be calibrated by regression, with R2 > 0.90, of IR measurement with measurement by chemical or combustion methods.
可視光・赤外光を用いて実験室又は実地で容易にSOCを測定できるセンサーの開発も進められています。Indigo Ag.は昨年行ったCarbon Challengeでは、1分以内で土壌有機物の15のパラメータを測定できるとして、レーザー励起ブレイクダウン分光法(Laser Induced Breakdown Spectroscopy)が定量化部門で受賞しています。この分野も、今後の技術開発が期待される領域です。
今後の流れ:”Sustainable Carbon Cycling”
欧州委員会は、昨年12月に”Sustainable Carbon Cycles”に関するコミュニケーションを発表しました。その中で、「欧州グリーン・ディール」の達成に向けて、Carbon Farming等のCarbon Removal技術を開発することが必要不可欠であると強調しています。
Third, we need to upscale carbon removal solutions that capture CO2 from the atmosphere and store it for the long term, either in ecosystems through nature protection and carbon farming solutions or in other storage forms through industrial solutions while ensuring no negative impact on biodiversity or ecosystem deterioration in line with the precautionary and Do No Significant Harm principles. The development and deployment at scale of carbon removal solutions is indispensable to climate neutrality and requires significant targeted support in the next decade.
同時に、現段階では、ビジネススキーム・モニタリングテクノロジーなどが未成熟であるなど、Carbon Farmingを拡大させるために多くの課題が残っていると指摘しています。
financial burden resulting from the costs of carbon farming management practices and uncertainty about revenue possibilities;
uncertainty or lack of public trust in the reliability of standards in voluntary carbon markets, in conjunction with concerns around environmental integrity, additionality or permanence;
unavailability, complexity or high costs of robust monitoring, reporting and verification systems;
insufficiently tailored training and advisory services.
この課題を解決するために、欧州政府として公的資金を投入していくと宣言しています。このような動きにより、SOCの計測・カーボンクレジット化に対する取り組みが更に加速していくと考えられます。
News from sustainacraft
Closing remarks
土壌有機物に、炭素貯留に有効なNature based solutionとして注目が集まっています。技術的な課題はありますが、北Kenyaの例で述べたように、リモートセンシング技術を組み合わせることで、より使いやすく、透明性の高いSOC計測のモデル・メソドロジーを構築できる可能性があります。当社として、SOC測定における貢献の可能性についても追及していきたいと考えています。
以上、sustainacraftのNewsletter #5でした。このNewsletterでは、隔週から月1回程度の頻度でNbSに関する日本語での情報発信をしていく予定です。
当社の会社概要資料はこちらで公開しておりますので、ご参照ください。
Disclaimers:
This newsletter is not financial advice. So do your own research and due diligence.