株式会社sustainacraftのニュースレターです。本記事はVCM Updates(ボランタリーカーボンマーケットのアップデート)のセクションB(海外の主要規制の動向編)です。
本記事では、以下の論文を紹介します。
論文紹介: Systematic assessment of the achieved emission reductions of carbon crediting projects
論文紹介: Systematic assessment of the achieved emission reductions of carbon crediting projects
(link)
マックスプランクの研究所などに所属する研究者による、炭素クレジットの過剰発行に関するレビュー論文を紹介します。
REDD+やクックストーブ、再エネ系など様々なタイプの炭素クレジット案件を体系的にレビューした論文が出され、この業界では少し話題になっています。これまでに指摘されてきたカーボン案件の様々な問題がよく整理されている側面もありつつ、レビュー論文とはいえ参照している文献数が小さいことなどから解釈には注意が必要な部分もあると考えていますので、内容を解説していきたいと思います。
(以下、画像については特に明記されていない限り、本論文から引用しています)
<論文概要>
この論文の概要は以下のとおりです。
複数のプロジェクトタイプ(森林管理、風力発電、クックストーブなど)の14件の研究と、クレジット発行のない類似介入事例51件を分析
発行されたクレジットの約16%未満しか実際の排出量削減に寄与していないと推定
その原因として、プロジェクト開発者の都合の良いデータ選択や非現実的な仮定、不適切な方法論などを列挙
炭素クレジット制度の抜本的な改革が必要であると指摘
論文では、カーボンクレジット制度の有効性について、発行されたクレジットが実際に排出削減につながっているのかという点に焦点を当てて評価しています。論文では、オフセット達成率(OAR: Offset Achievement Ratio)という指標を導入し、学術的な評価に基づいて算出された排出削減量を、プロジェクト開発者がクレジット生成のために算出した排出削減量と比較しています。OARが50%であるということは、本論文では、プロジェクト開発者が主張し、カーボンクレジットとして発行された排出削減量の半分しか実際に達成されていないと推定されていることを意味します。
論文では、主要な国際的および独立したカーボンクレジット制度から発行されたクレジットの約5分の1にあたる、約10億トンを対象に分析を行っています。その結果、調査対象となったプロジェクトに発行されたカーボンクレジットのうち、実際の排出削減量に相当するのは16%未満であると推定されています。プロジェクトの種類別に見ると、OARは、クックストーブで11%、SF6破壊(六フッ化硫黄製造におけるSF6廃ガスの捕捉と破壊)で16%、森林破壊回避で25%、HFC-23破壊(クロロジフルオロメタン製造時に廃ガスとして発生するHFC-23の回収・破壊)で68%となっています。風力発電とIFM の案件は、統計的に有意な排出削減量は確認されない、つまりOARは0であると指摘しています1。
<解釈>
詳細な説明に移る前に、本レビュー論文に対する当社の解釈を記載します。このニュースレターでも、REDD+やIFMなど、それぞれの活動タイプごとにカーボンクレジットに関する批判や問題点をこれまでも説明してきましたが、学術論文という形で、複数のプロジェクトを体系的に分析したものは他にはあまりなく、その意味では非常に価値のある文献だと感じました。
一方で、以下で説明したとおり、例えばREDD+で参照している文献は2つのみであり、かつ、それらの2つの文献は、同じプロジェクトに対するOARとして、かなり大きな差異があることを示しており、そこから結論を得ることは難しいです。REDD+のベースライン設定に起因するOARの差異は、本質的に反実仮想的なベースライン設定の難しさを示しているとも言えます。
実際には、気候変動への効果は回避系でも吸収系でも同じであるが、吸収系が重視される風潮なのはこの点に起因していると考えます。この辺りの議論については、先日こちらの記事にて説明していますので、合わせてご参照ください。
「今回の調査結果は、調査対象となったプロジェクトタイプからの炭素クレジットの環境品質に対する疑問を裏付けるものである。」といった結論が示されています。しかし、SBTが7月ごろに出したディスカッションペーパー(詳細はこちらのセミナーアーカイブなどもご参照ください)と同様に、その後議論され、方法論に大規模な改訂が加えられたことに対しての言及はなく、過去の文献整理としては良いものの、そこからすでに加えれた様々な改善点が見過ごされていることは指摘しておきます。ただ、これは本論文を執筆した研究者の責でもなさそうです。
このレビュー論文は、2023年7月に出されていますが、実際に出版されたのは2024年11月です。学術業界における査読プロセスにかかる時間軸と、現実で起きている様々な議論とそれに基づく改訂といった流れが発生する時間軸のギャップが問題と言えるかもしれません。日進月歩のコンピュータサイエンスの領域では、査読のついていないプレプリントや、会議でのプロシーディングス(論文集)も重要視されます。気候科学の領域についても、査読付きジャーナルだけでなく、プレプリントのような速報性のある形で世に出していくということを学術界も考えなければいけないと感じます。
<それぞれの分類でOARが低い理由>
活動タイプごとに、過剰発行が起きている要因の分析が示されています。ここでは、活動タイプの中から改善された森林管理(IFM)と森林破壊回避(”REDD+”と以降では表現しているケースもあります)に着目し、「論文の中で主張されていること」に対し、「すでに炭素市場で解決に向けて動いていること」についても参考までに記載しています。