株式会社sustainacraftのニュースレターです。
Methodology Updatesは、炭素・生物多様性クレジットの方法論を扱うシリーズです。本記事では、先月末に発表されたVCSの新しい水田メタン方法論のVM0051 Improved Management in Rice Production Systems, v1.0についてご紹介します。
お問い合わせはこちらまでお願いいたします。
お知らせ: ウェビナー開催 2本(3/25, 4/22)
来週、及び、来月にウェビナーを開催いたします。先日ご案内した、炭素クレジットの供給ポテンシャルのウェビナーに加え、3/18に発表されたSBTiの企業ネットゼロ基準Version2のドラフトを解説するウェビナーも4/22に実施します。それぞれ、詳細は以下をご参照ください。
(1) 3/25 13:30~: 日本の最新のNDCと、GX/ETSおよびSBTiを想定した炭素クレジットの供給ポテンシャル
先日、本ニュースレターでご案内したものです。詳細は申込ページをご参照ください。
日時: 3/25(火)13:30-15:00
申し込み: こちらより申し込みください
参加費: 無料
定員: 500名(Zoom Webinar)
(2) 4/22 13:30~: SBTi ネットゼロ基準v2.0ドラフトの解説
SBTi(Science-Based Target initiative)から、企業ネットゼロ基準Version 2.0のドラフトが発表されました。初めてのメジャーアップデートであり、Scope 3の計画策定、カーボンクレジットを含む環境属性証書の利用、除去に関する中間目標の策定、BVCM(バリューチェーンを超えた緩和)の促進に向けた施策など、様々な観点での改訂が検討されています。
パブリックコメントは、2025年6月1日まで募集されるようですので、パブコメの提出に向け、どのような改訂がドラフトで書かれているのかを解説します。
日時: 4/22(火)13:30-15:00
申し込み: こちらより申し込みください
参加費: 無料
定員: 500名(Zoom Webinar)
※ 個人の方(会社メールではない方)、同業・類似他社やコンサルティング業界の方はお断りさせて頂く場合がございます。 会社メールでの登録をお願いします。
※ お申込後、数日以内にURL付きの詳細メールをお送りします。セミナー参加に関するご質問・ご相談などがございましたら、press[at]sustainacraft.com までご連絡ください。
VCSの新しい水田メタン方法論 VM0051 (Verra)
(出所: Verra Releases New Rice Methodology, 2025年03月13日アクセス。以下断りのない限り、画像の出所はリンク先のドキュメント。)
メタンは温暖化係数が二酸化炭素の約28倍 (100年間の累積での温暖化効果)とされる強力なGHGであり、その削減は気候変動対策において極めて重要です。そして人為的に発生するメタンのうち約11%は水田稲作に由来し、さらにそのうちの90%はアジアで発生しているとされています (参考)。水田メタンプロジェクトは、水田稲作の施行方法を変えることで、そこから発生するメタンやその他のGHGの排出削減を目指すプロジェクトです。特に日本においては、J-クレジットの中干し期間延長方法論 (AG-005)を利用したプロジェクトから多くのクレジット創出が想定されていたり、またJCMでも東南アジアにおけるプロジェクトが組成されているなど、短〜中期的に関心が大きいプロジェクトタイプです。
ボランタリー炭素クレジットにおいては、AWDの活動について、元々はCDMの方法論が使われてきましたが、VCSでは2023年以降、CDM方法論は中止となっていました。それに代わる形でVCS独自の方法論が、今回発表されたVM0051です。追加性の証明やモニタリング要件などが既存のAWD方法論と異なってきています。追加性については、一般慣行とみなされる普及率(Adoption Rate)について、20%という数値が置かれています。ある地域において、これを超えてくると、追加的だとみなされないことになります。一方で、AWDの実施においては、JCMの文脈でも、チャンバーを使った直接測定の負担が大きい、という意見が多くあがっています。今回発表されたVM0051では、モデルベースでの推定もアプローチとして許可されており、直接測定の負荷を下げていくことが意図されています。
それでは、JCMの方法論に影響はあるでしょうか。ボランタリーの方法論は、JCM方法論には直接的な影響は与えないのではないかと考えますが、今後6条4項の方法論が開発されていく中で、6条4項の方法論は、既存のボランタリーの方法論も考慮しながら開発されていきます。6条4項のAWD方法論が、現時点で最新のAWD方法論であるVM0051を一定程度踏襲していくという可能性は十分に高く、その場合には6条4項方法論とJCM(6条2項)方法論のギャップは考慮すべきものと考えられます。
すでに6条4項は、ハイレベルでのスタンダードは合意されており(こちらをご参照ください)、その中でベースラインや追加性については比較的厳格な要件が定まっていますので、これらの要件との対比は意識していく必要がありそうです。
背景: 既存のCDM方法論の問題点
これまで水田メタンプロジェクトで一般的に使われていた方法論はCDMのAMS-III.AU.: Methane emission reduction by adjusted water management practice in rice cultivation Version 4.0 (以下、CDM方法論)でした。こちらはVCSでも過去に広く使用されており、Gold Standardの水田メタン方法論もこの方法論に大きく依存しています。しかし、VCSでは2023年以降、このCDM方法論の利用は完全中止となっています。この背景については以下のニュースレターでも詳しく紹介していますが、本記事でも再度簡単に振り返っておきたいと思います。
CDM方法論の無効化決定について:
リモートセンシング技術を用いた水田メタンプロジェクトの再評価について:
新しい方法論の作成に向けたRFP (Request For Proposal)について:
VerraがCDM方法論を無効化した理由は複数あります。まず、追加性、MRV、およびリーケージに関する懸念が指摘され、内部調査の結果、いくつかの重大な技術的問題が確認されたためです。具体的には、以下の3点が挙げられていました:
圃場の区分(stratification)のガイドラインが不十分であり、異なる特性を持つ農地を適切に分類できない。それにより排出削減量の正確な算定が困難
亜酸化窒素(N₂O)排出量や土壌有機炭素(SOC)ストックの変化が考慮・測定されていないため、全体としてのGHG排出削減効果の正確性が担保されていない
メタン測定の標準化されたガイダンスがなく、プロジェクト間で測定基準がばらつくことで、クレジットの信頼性が低下する懸念
これらを受けて、2023年3月にVerraはCDM方法論の利用を中止することを決定しました (参考)。
加えて、CDMの方法論を適用したVCSプロジェクトの監査を担当していた複数の第三者認証機関 (VVB: Validation and Verification Body)の審査品質にも問題があることが判明しました。これを受け、Verraはこれらの認証機関による審査を受けたプロジェクトを一時停止するとともに、全体的な品質管理レビューを実施することを決定しました。結果として、2024年8月には、Verraは中国の水田栽培プロジェクト37件を正式に中止し、関与したプロジェクト提案者および監査機関(VVBs)に対して制裁措置を講じるという前例のない対応を発表しました (参考)。このときに確認された問題として、主に以下が挙げられています:
追加性の証明が不十分
小規模プロジェクトとして誤って分類
プロジェクト面積の過大申告
ベースラインやプロジェクトシナリオの実施を裏付ける証拠が不十分
なお、上記の課題の特定には、リモートセンシングデータも有効に利用されたとしています。
新しい方法論の作成
以上の課題に対応するために、Verraは2023年12月より独自の新しい水田メタン方法論の開発をスタートしました。そして先月にその正式版が公開となりました。
CDM方法論と比較して、今回新たに改善・導入された項目は多岐にわたります。主に既存のALM方法論であるVM0042との連携を意識した変更が多いですが、上述の課題の解決に直接関連する点としては、以下があります:
追加性の証明方法の強化
N₂O排出量の監視と定量化の義務化
プロジェクト活動の実施によるSOC損失を防ぐためのセーフガードの導入
「ダイナミック」ベースラインの導入
プロジェクトエリアの層別化および排出削減量の定量化に関するガイダンスの拡充
これらに加えて、プロジェクト開発者の利便性向上や水田メタンプロジェクトの拡大を念頭においた変更点として、以下の点も加えられています。
排出削減量の定量化手法のオプションを追加
対象とするプロジェクト活動の拡大
DMRVのベストプラクティスを提供
以下ではこれらの一部について、主にCDM方法論と比較しつつ中身をより詳しく見ていきましょう。また適宜、2024年6月に発表されたJCMのフィリピンAWD方法論 (以下、JCM方法論)との差にも注目します。全般的な傾向としては、VM0051、JCM方法論、CDM方法論の順 (つまりあとに発表された順)に要件が厳格化されていたり、一般化されている項目が多い印象です。