株式会社sustainacraftのニュースレターです。本記事はVCM Updates(ボランタリーカーボンマーケットのアップデート)のセクションB(海外の主要規制の動向編)です。お問い合わせはこちらまでお願いいたします。
本記事では、2025年6月から7月にかけて発表された主要な炭素関連政策の動向に関し、以下の項目に沿ってお伝えします。
パリ協定第6条2項(二国間協力)
パリ協定第6条4項(パリ協定クレジットメカニズム)
各国炭素関連政策
非国家主体のイニシアチブの動き
キーワード: 6条2項, JCM, 6条4項メカニズム, PACM, SBTi, GS, ART
はじめに
パリ協定6条2項に基づく二国間枠組みに関し、いくつか重要なニュースがありました。JCMに関しては、マレーシアとの間でのJCM締結の動きが報じられており、COP30に向けてその他の候補国との交渉も進展していることが想定されます。その他の二国間協力については、シンガポールによるタイ及びマレーシアとの二国間実施協定の締結が発表された他、スウェーデンとドミニカ共和国、ノルウェーとインドネシアとの間での二国間協定締結がありました。特にインドネシアにとっては、日本(JCM)、シンガポール(MoU)、韓国に次いでノルウェーが4カ国目の署名となります。ホスト国からすると、二国間協定下での案件組成に複数の選択肢があることになりますから、インドネシアにおけるJCMに対する競合環境が増していると言えそうです。
また、6条4項に基づくパリ協定クレジットメカニズム(PACM)に関しても重要な進展がありました。まず、ブラジル、カンボジア、パキスタンが参加要件を提出しました。この参加要件は、ホスト国がどのセクターをPACMの下での案件として認めるかを宣言するものですから、それぞれの分野から創出されるクレジットの国際移転に対するホスト国の姿勢を判断するために重要な情報です。また、方法論専門家パネル第7回会合も開催されましたので、そこでの主要な決定事項を解説します。
各国の炭素関連政策としては、EU2040目標の最終法案におけるクレジット利用の扱い、英国、日本のETSの動きに加え、マレーシア、インドネシア、ウズベキスタン、パナマといったホスト国各国における炭素政策の進展状況を紹介します。炭素市場の成熟に向けてはまだ距離があるものの、各国で着実に政策的基盤が整いつつあります。
最後に、非国家主体のイニシアチブの動きとしてSBTiによる目標更新を支援するための2つの重要文書と金融機関向けNZ基準、Gold Standardによる技術的CDRに関する新たな枠組み、ART TREES 3.0に対するパブリックコメントについて紹介します。
パリ協定第6条2項(JCMを含む二国間協力)
パリ協定第6条2項に基づく二国間協力は、各国のNDC(国が決定する貢献)達成に向けた国際的な炭素クレジット取引の枠組みであり、直近1ヶ月に見られた進展は以下の通りです。
マレーシアとの間でのJCMパートナーシップ締結の動き (link)
日本の環境省は、マレーシアとの間で今後数ヶ月のうちにJCMの下でパートナーシップを締結することを目指していると報道されました。マレーシアのボランタリー案件(登録済み及びパイプライン)を見てみると、約80%(4.2M tCO2e)がREDD+、13%(0.7M tCO2e)が自然再生案件となっており、自然由来案件のポテンシャルが大きいと言えますから、JCMの下でも自然由来案件の組成が期待されます。なお、令和7年度のシナジー型JCM創出事業の公募 (link) において、マレーシアの他、インド、ブラジル、南アフリカ、トルコがJCM候補国として明示されていることから、これらの国との交渉も進展していることが想定されます。
シンガポールによるタイおよびマレーシアとの二国間協定締結の動き (link)
タイ及びマレーシアは、シンガポールとの6条2項に基づく二国間実施協定を2025年末までに最終合意する予定であると報じられました。タイは2022年10月にMoC (link) を、マレーシアは2025年1月にMoU (link) を、それぞれシンガポールとの間で既に締結しており、この実施協定が合意されれば、今後具体的な案件組成に向けた準備が整うことになります。タイのボランタリー案件(登録済み及びパイプライン)はそのほとんどがエネルギーや非CO2ガス案件であるのに対し、マレーシアのそれは前述の通り約80%(4.2M tCO2e)がREDD+、13%(0.7M tCO2e)が自然再生案件となっています。
スウェーデンとドミニカ共和国、ノルウェーとインドネシアとの二国間協定締結の動き (link, link)
2025年6月30日、スウェーデンエネルギー庁とドミニカ共和国の環境・天然資源省は、パリ協定第6条に基づく気候協力に関する二国間協定に署名しました。ドミニカ共和国にとってはシンガポール(MoU)に次いで2カ国目の署名です。また2025年6月26日、ノルウェーとインドネシアは、パリ協定第6条に基づく二国間協定に署名しました。インドネシアにとっては、日本(JCM)、シンガポール(MoU)、韓国に次いで4カ国目の署名となります。インドネシア側からすると、二国間協定下での案件組成に複数の選択肢があることになりますから、JCMに対する競合環境が増していると言えそうです。なお、これらの協定締結は、どちらもGlobal Green Growth Instituteが支援をしています。
パリ協定第6条4項(パリ協定クレジットメカニズム:PACM)
ブラジル、カンボジア、パキスタンがPACMに関する参加要件を提出 (link)
2025年7月、ブラジル、カンボジア、パキスタンの3カ国がParis Agreement Crediting Mechanism (PACM)の参加要件を提出しました。ブラジルは、農業、森林・土地利用、エネルギー、産業、建物、運輸、廃棄物のすべての分野をPACM下の対象セクターとして承認する一方で、第6条4項に基づく活動を承認する際に、ITMOsの発行を直ちに許可することはなく、この決定を国内規制に従って後の段階に留保すること、第6条4項のメカニズムの下で承認する活動は、自国のNDC目標の達成を補完し支援するものとして慎重に選定されることを明記し、自国のNDC達成があくまで優先される姿勢を示しています。
なお、パキスタンはブラジルと同様にすべてのセクターをPACM下の対象セクターとして承認する一方で、カンボジアは、産業、建物、運輸のみを対象セクターとして指定し、農業や森林・土地利用は除外しました。カンボジアはJCMでREDD+案件の実績があり、ボランタリーの枠組みでも6M tCO2e以上(登録済み及びパイプラインの年間ER)のREDD+のポテンシャルがある国ですが、今後自然由来クレジットの国際移転に関しどのようなスタンスを見せるのかには留意が必要です。
方法論専門家パネル第7回会合 (link)
6条4項の方法論専門家パネル(MEP)は、2025年7月7日から11日にかけて第7回会合を開催しました。その中でMEPは、「抑制された需要(suppressed demand)」に関する基準と、除去に関するガイダンスを排出削減活動に適用するためのコンセプトノートを、第6条4項の監督機関に提言することに合意しました。
「抑制された需要」とは、貧困、インフラの欠如、あるいは技術へのアクセス不足といった障壁のために、人々にとって必要不可欠な最低限のサービス需要が満たされていない、または不十分なレベルでしか満たされていない状況を指します。「抑制された需要」に関する基準は、不十分な現地の生活水準が、プロジェクトのベースラインを人為的に引き上げるための根拠として、いつ、どのように使用できるかを取り扱います。これにより、クレジットを発行しつつも、排出量をBAUよりいくらか上回る水準に設定することが可能になります。ただしこの修正は、「基本的な人間のニーズ」が満たされていない場合にのみ許容されます。
除去に関するガイダンスを排出削減活動に適用するためのコンセプトノートは、除去活動と排出削減活動のクレジット化において、PACMの「除去基準」と「方法論基準」をどのように適用すべきかを明確にするものです。同コンセプトノートによると、「方法論基準」が除去活動を含むすべての活動に適用されるのに対し、「除去基準」は除去活動およびリバーサル(CO2の再放出)のリスクがある排出削減活動を対象としています。
各国炭素関連政策
EU2040目標におけるカーボンクレジット利用 (link)
先月のニュースレターでも取り上げたEUの2040年気候目標に関する最終法案が、2025年7月2日に欧州議会および理事会に提出されました。争点となっていたカーボンクレジット利用の扱いについて解説します。