株式会社sustainacraftのNewsletter(個別編)です。
今回は、待望のVerraの生物多様性クレジットであるNature Frameworkのパブリックコンサルテーションが始まりましたので、その紹介をします。現在のドラフトを見た所感としては、以下2点を意識したものになっていると感じました。
(1)カーボンクレジットに関する直近の議論を全て反映(REDDのベースライン設定におけるConsolidated Methodology的な考え方の導入、ステークホルダーの巻き込みやセーフガードに関する要件の明確化)
(2)TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)を参照した言葉使い
生物多様性については、これまでも以下の記事でも紹介していますので、併せてご参照ください。2つ目の記事ではPlan Vivoの生物多様性クレジットの方法論を扱っておりますが、Plan Vivoでは回避された損失(Avoided Loss)は考慮されず、ベースラインはゼロとしているのに対し、今回のVerraはAvoided Lossを重要視しており、それゆえベースライン(ここではTNFDの用語に沿ってReference Conditionという言葉がつかれています)の定め方が詳細に記載されており、さらに最近のREDDの批判を教訓に、恣意性が入らないようにConsolidated Methodologyをベースとした考え方になっています。
このNature Frameworkについて、最近までパイロット実証に関しての募集がされていました。当社も他の企業等と連携してパイロット実証に応募しておりましたが、残念ながら採択には至りませんでした。200近い応募があったようで、そのうち18のプロジェクトが選ばれたとのことです。
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Nature Framework (Verra; SD VISta)
(link)
概要(1. Nature Framework Introductionより)
このフレームワークの元となる考え方は、「1.3 Key Nature Framework Design Objectives」にまとまっていますので、ここの内容をいくつか紹介したいと思います。
2. Establish a balance between standardization, to allow for comparability across projects, and flexibility, to account for project’s local ecological and social context.
炭素便益を対象とするカーボンクレジットの大きな違いは、生物多様性の場合には統一的な指標が存在せず、プロジェクトのローカルな特徴を考慮する必要があることです。ただし、方法論としては、ある程度の標準化が必要であり、個別性の考慮と標準化のバランスをとったアプローチが提案されています。具体的には、このNature Framework自体、Nature FrameworkとEcosystem or biome-specific modules の2つから構成されることとなっており、後者についてはまだ開発中です。
5. Support conservation of ecosystems at high risk of biodiversity loss.
これは冒頭にも記載した通りで、将来の生物多様性の損失を防ぐことは重要であり、そのため回避された損失(Avoided Loss)もクレジットの対象とされています。カーボンクレジットでいう回避vs除去という軸と同様の論点が生物多様性でも議論されており、(Plan VivoがAvoided Lossは対象外にしているのに対して、)ここでは回避された損失を重要視しており、REDDが大部分を占めるVerraの考え方が表れています。
6. Build on the lessons of voluntary carbon markets.
これは冒頭に「REDDの教訓から」という観点で記載したものであり、ベースラインは、エコリージョン全体の生態系コンディションに基ついて、管轄区域のREDDベースラインと同様に、(プロジェクト開発者ではない)第三者によって作成される、としています。この点については、以降で細かく触れます。
7. Reward long-term stewardship of nature, even where there is no imminent threat.
こちらは、カーボンクレジットにおけるHFLD(High Forest Low Deforestation)に相当するものに見えます。つまり、これまでクレジットなしでも長期間にわたってよく管理されてきた場所というのは、通常のカーボンクレジットの考え方ではベースラインの森林減少比率が低いために、十分な量のカーボンクレジットを発行することができません。しかし実際にはこれまで長期的な努力をしていきた結果であり、それは適切に評価されるべきである、という議論に基づいています。Nature Frameworkにおいては、このような「nature stewardship credits」は他の活動タイプとは別のアセットとして、ただしNature Frameworkの枠組みで含めていくことが記載されています。活動の例としては、OECM(Other Effective area-based Conservation Measure)が明確に言及されています。日本でもOECMの自然共生サイトの選定も進んでいる中で、インセンティブ設計として有力な考え方になるのではないでしょうか。
要件(2. NATURE FRAMEWORK PROJECT RULES AND REQUIREMENTSより)
ここではプロジェクト期間や開始日、追加性などいくつかの要件が定められています。特に注目すべきなのは以下2.7及び2.8の項目で、これは先日以下で紹介した、最近改訂されたVCSスタンダードver4.5と整合したものになっています。
2.7 Safeguards for Biodiversity Outcomes
2.8 Safeguards for Sustainable Development Benefits
定量化(3. QUANTIFICATION OF BIODIVERSITY OUTCOMESより)
このセクションで、具体的にどのように生物多様性クレジットの量を定量化するのかが記載されています。
まず抑えるべきは、以下のBiodiversity Extent, Condition, and Significance (BECS)です。
Extentは面積(ヘクタール)、(Ecosystem) Conditionは生物多様性の量・品質を示す指標であり、生物多様性クレジットの単位はQha(Quality Hectare)というExtentとConditionの乗算の結果とされています。このExtentとConditionはTNFDにおいてはState of NatureのEcosystemを構成する指標となっており、それとの整合が示されています。
一方で、Significanceはその場所の生物多様性の重要度を示すものであり、発行されたクレジットを区別するために使われますが、クレジットの発行量(Qha)に影響を与えるものではないとされています。これは炭素クレジットと大きく異なるところであり、Qhaという標準的な指標で創出される中で、具体的にどのような生物多様性の向上(回避された損失も含む)に買い手が貢献するのか、という判断材料をSignificanceが提供するという位置付けと考えられます。Significanceとしては、GBF(Global Biodiversity Framework)で掲げられている目標、が例として挙げられています。
定量化に向けた考え方として、以下が全体像として示されています。
<Preparation>
Condition indicatorsの選定: まずはCondition Indicatorを選択するところから始まります。ここでは以下表に示す4つが示されておりますが、この中でCompositionとStructureは測定が必須であり、それぞれ2つ、3つ以上の指標が必要とされています。
Reference State Valueの設定: 上で設定したCondition Indicatorについて、基準状態(reference state)の値を設定します。ここで基準状態とは、このFrameworkが参照しているオーストラリアのクイーンズランドが出している「Method for the Establishment and Survey of Reference Sites for BioCondition」では以下のように書かれており、人の手が入っていない本来の自然の状態を示すものです。以降で示しますが、ある場所でのある時点での状態は、この基準状態との相対比較によってスコア化されます。
A regional ecosystem in its reference state is refers to a stable state that is mature and long undisturbed, or Best on Offer (BOO), given few ecosystems are totally free of impacts of threatening impacts in the contemporary landscape
(Method for the Establishment and Survey of Reference Sites for BioConditionより)
基準状態の値を決める上では、プロジェクトごとにローカルな文脈も考慮して設定するのは技術的にも困難であり、検証も必要となる。そのため将来的には、エコリージョンにおける第三者が生態系タイプごとに定めた標準的な値を設定し、それを各プロジェクトはそのまま使うようなアプローチの可能性が書かれています。この辺りは、昨今のカーボンクレジットの品質の議論も含め、なるべくプロジェクトごとの恣意性が入らない方向を模索しているようです。
<Condition at project start>
プロジェクト開始時点(及びその後の任意の時点)でのConditionの定量化: 状態に関するそれぞれの指標は、0から1までのスケールで標準化されます。1は上記の基準状態を示す値であり、0は完全に劣化した状態を示します。指標は2種類あり、(1)バイオマスや種数など劣化に伴い減少していく指標は単純に、[その状態の値] / [基準状態での値]で計算され、(2)外来種の種数のように劣化に伴い増加していく指標については、(T-[その状態の値]) / (T- [基準状態での値])で計算されます。ここでTとは完全に劣化した状態に相当する閾値のような値が設定されます。
上述の通り、状態を表す指標はCompositionとStructureでそれぞれ複数設定されますが、それぞれについて上記の考え方で0-1の範囲をとる正規化された値が計算され、これを単純に平均することである時点の状態を示す1つの指標に集約されます。以下の式は時刻t=0(開始時点)での状態を表す計算式であり、ここではそれぞれn個のstructure indicatorsとcomposition indicatorが想定されています。
この値にExtent(面積)を乗じることで、Condition-adjusted Areaという「Quality hectares」という単位を持つ指標が計算されます。
実はこの辺りの考え方は、以下の記事でも紹介しているMSA (Mean Species Abundance)という指標の考え方や、それに面積を乗じる「MSA・km^2」という画一的な指標の提案と整合しています1。
<Crediting Baseline>
ベースラインの設定: ここがこのフレームワークで多くの議論があると予想される部分であり、冒頭に記載した、「REDDの教訓を踏まえて」検討された箇所になります。今の提案では、生態学的及び政策的に同一であるとみなせるCECs(Country Ecoregion Components)という単位で、全体の動向をまず推定し、その全体傾向を、CEC内の1km^2サイズのグリッドに分配し、プロジェクトレベルのベースラインをそこから計算する、というアプローチになっています。
これはまさに現在運用に向けて進められている大規模なREDDの方法論改訂と全く同じ方向性であり、プロジェクト開発者の恣意性が入らない、標準化されたアプローチと言えます。明確にその意図は以下のように書かれていますので、ここではそのまま紹介します2。
A standardized ecoregional approach is proposed instead of a project-by-project approach for setting crediting baselines. This draws on the lessons of REDD projects and is proposed to promote integrity of the crediting system as a whole. Verra’s new consolidated REDD methodology uses a two-stage approach to establish crediting baselines for avoiding unplanned deforestation. First, information on recent forest loss is generated for an entire jurisdiction (a country or sub-national administrative unit). This provides a prediction for jurisdiction-level forest loss in the upcoming crediting period. Second, relative deforestation risk is mapped across the jurisdiction based on proximity to observed recent losses. Combining this mapping with the jurisdictional baseline allows allocation of an appropriate crediting baseline to each project.
(8.2.1 Overall approachより)
ただし、REDDの場合は見るべき指標はforest coverのみでしたが、Nature Frameworkにおいては地上部なのか海洋なのか、そして同じ地上部でも生態系ごとに異なり、それらの状態を示すグローバルなデータセットが取得可能なのかというところも議論が必要です。このような背景から、上記のようなグローバルでの標準化されたアプローチがデフォルトではありますが、状態変化を精度高く測定できる場合には、ローカルで(=そのエコリージョンのみで)適用できる固有のアプローチを使うこともできる、としています。
1つのCECでもプロジェクトエリアによってはリスクが高いところ、低いところがあります。そのような場所ごとのリスクに応じて、CEC全体としての値が各グリッドに割り当てられます。このリスクを考慮した分配について、ツールが最終化されるまでは、森林のプロジェクトについては、REDDで開発されたリスクマッピングツールを使うことができ、それ以外のプロジェクトについては、まず初期の参加者は、都市部や道路までの距離、標高などの共変量を用いたプロジェクトごとのベースライン設定が可能であるとされています。
<補足: CECs(Country Ecoregion Components)やエコリージョンについて>
上記で説明していなかったCECやエコリージョンについて簡単に補足します。エコリージョン(ecoregion)とは、類似した生態系を持つ地理的区分のことで、バイオリージョン(bioregion)よりも細かい単位になっています。
以下で具体的を示します。以下、上図は南米ですが、ブラジルのセラード及び大西洋岸の中には4つのバイオリージョンがあり、その中の1つの「The Brazilian Atlantic Dry Forests」というバイオリージョンは、下図で示す通り、さらに4つのエコリージョンに分かれています。
これがエコリージョンという単位で、さらにCECとは、エコリージョンに対して国の境界も考慮したものになります。その意図としては、国ごとに政策などが異なるために、生物多様性の状態やそれに対する脅威・リスクも異なるため、あるプロジェクトのベースラインを考慮する上での枠組みとしては、生態学的にも政策的にも概ね同一と考えられる単位としてCECが選ばれている、という考え方です。CECは平均で76,500平方kmのサイズです。
<ネットの生物多様性貢献量の計算>
上記でプロジェクトシナリオ及びベースラインでの状態の値が標準化された形で計算されます。これにリーケージとバッファーを差し引いた値がNature Creditsの創出量となります。リーケージの具体的な定量化については現時点では示されておらず、どのように定量化するか自体パブリックコンサルテーションにて意見を求められています。ここでは、あらかじめ定めたリーケージベルトでの直接測定や、活動タイプごとにデフォルト値を定めておくような考え方がオプションとして示されています。
ユーザーの貢献の仕方や他のイニシアティブとの関連
本フレームワークでの特徴的なこととして、Nature Creditの利用に関してエンドユーザーへのガイドラインが提供されていることです。「4 COMMUNICATIONS AND CLAIMS」という章が用意されており、以下のように具体的な主張例が提示されています。ポイントは、自社バリューチェーン内でやるべきことをやった上で、Beyond that commitment…としてNature Creditsの利用を主張するという位置付けの部分と考えられます。
“We have taken X, Y and Z steps to address our impacts on nature, from prevention to transformational actions to reduce the drivers of biodiversity loss. Beyond that commitment, we have purchased Nature Credits certified by an independent third-party auditor to the SD VISta Nature Framework to derisk our value chain and sustain our dependencies on nature. These Nature Credits represent the increase in biodiversity outcomes that would not have occurred without our financing of the project intervention. [Insert details of Nature Credits purchased here.] We will continue to invest both within and beyond our value chain until nature is visibly and measurably on the path of recovery toward a nature-positive world.”
また、「6 RELATED INITIATIVES AND CONCEPTS」ではCBD COP15でのGBF(Global Biodiversity Framework)との関連や、SBTN(Science-based Target for Nature)及びTNFD(Taskforce on Nature-realted Financial Disclosures)との関連が示されています。このNature Frameworkに以下のように書かれていますが、Nature Creditsの市場取引が活性化していく上では、企業にとっては目標設定のガイドラインであるSBTN、及び、情報開示のフレームワークであるTNFDと整合した指標になっていくことが強く意識されています。
While Verra’s Nature Framework does not directly use the SBTN and TNFD frameworks, it was drafted to ensure it is aligned with existing global initiatives related to nature and biodiversity. The claims that can be made upon purchasing and retiring Nature Credits will be linked to the metrics outlined by the SBTN and TNFD.
「オフセット」という考え方はないとしても、企業として掲げられている目標、及び、自社バリューチェーンでのレポーティングに対して、上記のようなBeyond that commitment,…という形でのNature Creditsの利用を主張していく、というのは、炭素の世界でのSBTiのBVCM(Beyond Value Chain Mitigation)に近い世界観が模索されていると感じました。
以上、今回はVerraの生物多様性クレジットの枠組みであるNature Frameworkの現時点のドラフトを紹介しました。
当社の会社概要資料はこちらで公開しておりますので、ご参照ください。
Disclaimers:
This newsletter is not financial advice. So do your own research and due diligence.
そもそもREDDの方法論の議論を把握されていない方にとっては分かりにくいかもしれませんが、このニュースレターを読まれている方の多くはむしろカーボンクレジットやREDDの議論の方が把握されている可能性が高いと思いますので、この部分をそのまま引用しています。